人間に意志があるように、土地にも意志がある。
そんなことを感じさせる概念。「ゲニウス・ロキ」。
地霊と訳されるゲニウス・ロキの概念がなぜ建築学で注目されたのか。
その意味は?
建築思想としての「ゲニウス・ロキ」の考え方を概観し、「意志」とは何か考えていきます。
- 現代はあらゆるものが記号化されている
- あらゆる記号に意志がある
- 現代に不足した「意識」「無意識」そして「意志」の相互作用の重要性
ゲニウス・ロキ
ゲニウス・ロキとは
ゲニウス・ロキとは、ローマ神話における土地の守護霊です。
現代では、「土地の雰囲気」「土地柄」を意味することが多いようです。
建築史家の鈴木博之さんは、ゲニウス・ロキを「地霊」と訳しました。
鈴木博之さんは『東京の地霊』で以下のように説明しています。
ゲニウス・ロキという言葉のなかに含まれるのは、単なる土地の物理的な形状に由来する可能性だけではなく、その土地のもつ文化的・歴史的・社会的な背景と性格を読み解く要素もまた含まれているということである。
出所『東京の地霊』
そもそも、「ゲニウス・ロキ」が注目されたのは18世紀英国。
どの土地にもそれぞれ特有の霊がいる。
その霊に合った建物を建てるべきという建築思想にもとづいています。
その後、20世紀の建築理論における「新合理主義」で再度注目されました。
この記事では、この「新合理主義」を概観することで、「ゲニウス・ロキ」について考察していきます。
建築学の情報が少なく、正確な概念把握ではないかもしれませんが、キーワードから自由に発想を広げ考察していきます。
新合理主義
新合理主義とは
新合理主義とは、1980年代にイタリアの建築家アルド・ロッシを先駆者として発展した建築思想です。
過度な装飾を廃し、土地などの環境の自然な表現を重視した建築様式を特徴としています。
本記事の挿絵もアルド・ロッシによる建築の画像を使っています。
新合理主義の基本原則は、アプリオリ、元型、ゲニウス・ロキの3つです。
ここでは簡単に「ゲニウス・ロキ」以外の2つの概念を見ていきます。
アプリオリ
1つ目の概念は「アプリオリ」です。
哲学的概念なので、「うげえ」と思うかもしれませんが、大丈夫です。
どうせ、たいしたことは言っていません。
簡単に言うと、「人間にはじめから備わっているもの」といった意味です。
「先天的」という日本語の意味でとらえておけば、概ね問題ありません。
「後天的」「経験で身につくもの」の反対概念と考えてください。
ちょっと、典型例を挙げてますので、イメージ深めてください。
他も大体こんな感じです。
元型
2つ目は「元型」です。
こちらは、ユング心理学の概念です。
夢などを通じて出現するイメージや象徴を分析する際に使われる抽象的な「人格」です。
ユング心理学では、人間の無意識は、集合的無意識として捉えます。
そこに個は存在せず、普遍的な意味を持つと考えます。
その集合的無意識において、自我と作用するのが、集合的無意識から湧き上がるエネルギーです。
そのエネルギーを人格イメージとして表現したものが「元型」です。
たとえば、影、グレートマザー、トリックスターなど、一定の性格を帯びた典型的な人格が「元型」と呼ばれます。
ユング心理学では、これら「元型」と自我との相互関係から、その全体の意味を分析していきます。
人間だけでない「意志」の存在
さて、建築思想である新合理主義には、3つの原則がありました。
3つとは、「アプリオリ」「元型」「ゲニウス・ロキ」です。
前節で「アプリオリ」「元型」についてはイメージを深めたように以下のようにとらえることもできます。
- 「アプリオリ」→意識が本質的に持っているもの
- 「元型」→無意識が本質的に持っているもの
- 「ゲニウス・ロキ」→土地の霊???
3つ目「ゲニウス・ロキ」とは何でしょうか?
なぜ、この組み合わせに「ゲニウス・ロキ」が入るのでしょうか?
ここからは発想を広げて、意志という観点から「ゲニウス・ロキ」の意義を考えていきたいと思います。
意志とはなにか
なぜ、「ゲニウス・ロキ」=土地の霊が、建築思想に入るのか?
まず霊とは何か?
思うままに「霊」をイメージすると、「実態を持たない。自発的な気持ちや思考をもつ。人間に作用する。」
つまり、「意志をもつもの」といった意味合いでとらえてもよいのではないでしょうか?
「土地がもつ意志」としての「ゲニウス・ロキ」。
人間を含む、生物は意志を持っています。
土地がもつ意志とは何か?
作用するものと作用されるもの
意志は、対象と主体の存在を前提としています。
意志の目的としての対象と、それに作用する意志する主体。
言い換えると、意志とは「作用するもの」と「作用されるもの」の関係ととらえる事もできます。
ゲニウス・ロキの場合は、作用する主体は「土地」です。
対象は「ひと」。
土地がひとに語りかけるものは、
土地がもつ歴史性。
土地の形状。
その土地に住む生物。
これらを建築として、表現しようとしたのが新合理主義と言えます。
その結果として生まれる新しい空間。
ひとと自然の相互作用によって生まれる全く個別の新しい空間。
それが新合理主義が生み出そうとした新しい価値と思います。
どのような土地であれ、土地には固有の可能性が秘められている。その可能性の軌跡が現在の姿をつくり出し、都市をつくり出してゆく。
出所『東京の地霊』
目に見えない潜在的な構造をみる
野山を転げまわり、沼にはまって、かあちゃんに叱られる。
それを建築を通じて表現しようとした新合理主義。
最後に、僕たちの人生にどう生かすかを飛躍して考察します。
そもそもゲニウス・ロキというものは、目に見えない潜在的構造を解読しようとする先鋭的な概念なのである。
出所『東京の地霊』
現代社会は、実体としての価値を離れ、多くが抽象化され、ほとんど記号化されています。
メタバースが顕著なものです。
記号がもつ意志。
お金も土地も、自己や他者すら記号化されています。
新合理主義が復活させようとしたもの「アプリオリ」「元型」「ゲニウス・ロキ」。
これらは、「意識」「無意識」「意志」を表すものともいえます。
「意志」でつながった記号同士の関係性。
なじみのない「ゲニウス・ロキ」をローマ神話から召喚し、現在によみがえらせたのは、記号化された現代に足りない「意志」を補完するためなのかもしれません。
まとめ
20世紀、建築思想の新合理主義が再現させたもの。
それは建築を通じた、「意識」「無意識」「意志」の相互作用の再評価とも言えます。
人生を彩る自己、およびそれを取り巻く環境。
あらゆる事物に意志がある。
そのように捉えることで、より豊かな自己イメージが作れるのはないでしょうか。
- 現代はあらゆるものが記号化されている
- あらゆる記号に意志がある
- 現代に不足した「意識」「無意識」そして「意志」の相互作用の重要性
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